第十二話 ヴァン・ジョーヌ

 




12-1

ニースから東に少し車で行ったモンテカルロにグラン・カジノはある。そこで深夜までルーレットに興じた後、田中たちはバーでグラスを傾けていた。

「さて、いよいよ明日からは私のシャトー見学の予定です。順番に、ムッシュー安川はカトリーヌ、ムッシュー田中はミッシェル、そして私はマリアンヌですね」


「やっとこれで一周したことになる訳ね」


「楽しみねミッシェル、貴方、やっとウタマーロの実地勉強ができるわ」


「マリアンヌ、やめてよそんな風に言うの」


「君ら、それしか興味ないんかいな、ほんまに」


「ムッシューウタマーロ、私たちの真面目さをほめてほしいわ、ねえカトリーヌ」


「ウィ、私たち三人はムッシューロートシルトに与えられたチャンスを最大限に生かして勤勉に努力している女学生なんですから」


「それで、成果は上がってるのかね」


「ウィ、ムッシューロートシルト。ムッシュー安川からは誠実さを、ムッシューウタマーロからは日本の美学を学びましたね」


「まぁ、マリアンヌは二回ともジャポネに当たってるんですわ」


「カトリーヌ、明日から誠実さを学べるじゃない」


「そないにペラペラ喋るもんやないで」


「ムッシューウタマーロ、郷に入っては郷にしたがえ、ですわよ」


「そら、分かるけどやなぁ、ねえ、安川部長」


「いや、いいんじゃないの。私もそう思うよ。この状況の中でジタバタしたって始まらんよ」


「部長、大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫。線、二、三本ブチブチって切ったらいいんだって気がついたんだ」


「そうです、そのとおりです。ムッシュー安川の日本での理屈はこの国ではとおりません」


「マリアンヌには感謝してるんだ。ミッシェルには悪いことをしたと思ってる。本当に」


「私、とってもショックでした。私にどこか悪いところがあるんだと思って、とっても悲しかった」


「それを私は言いました。ムッシュー安川は不真面目だって。ミッシェルが可哀相」


「部長が不真面目やて」


「ああ、田中君、ここまで来て部長はやめてくれないかな。こう、気安く、やっさんとでも呼んでくれた方がいいな」


「おやおや、ムッシュー安川には何か心境の変化があったらしい」


「ええ、そのとおりです。日本では楽しむことは罪悪であるという考え方があります。私も、自分では結構その考え方に反発していたつもりだったんですが、破天荒な楽しみ方というのには馴染めなかっただけだと気づいたんです」


「ホーッ、それをマリアンヌが気づかせてくれたと言う訳ですね、ムッシューヤッサン」


「ええ、とっても勉強になりました」


12-2

ローヌ地方の都市リヨンは食通の街として知られているが、この街にある「ポール・ボキューズ」はシェフの名前がそのまま店名になっている、味に定評のあるレストランとして世界的に知られている。田中たち一行はロートシルトのシャトーに荷物を置いてシャワーを浴び、着替えると真っ直ぐにこの店に向かった。

アペリティフにキールを注文し、待つことしばし料理が運ばれてきた。アントレに川カマスをかまぼこ状にしたクネルのオマールソース掛け。ワインはコート・ド・ローヌのシャトーヌフ・ド・パプの白を注文した。


「ムッシューヤッサン、何か気がついたことはありませんか?」


ロートシルトが安川の顔を見ながら、ニコニコして問いかけた。


「ムッシューロートシルト、二つあります。まず、料理ですが、以前に連れて来ていただいたときよりもヌーベルって感じがなくなったこと。そして、ワインとの相性がよくなったことです」


「ムッシューウタマーロはどうですか?」


「僕は初めての店なんやけど、料理とワインの相性はとてもいい思います。どっしりしていて、パリの料理とは違ういう感じですか」


「ほほう、二人とも確かな舌をお持ちですね。そのとおりです。この店は、ヌーベル・キュイジーヌを取り入れることはやめてしまったんです」


「そらまたどうしてですか」


「お二人のお答えのとおり、ワインに合わないからです」


「ヌーベル・キュイジーヌはワインに合わん言わはるんですか」


「そうです。だから、昔どおりの味に戻した。こってりしたソースの味がフランス料理の命です。この国では、ヌーベル・キュイジーヌは気の抜けた料理としての評価しか下されなかったんです」


「そやけど、パリでもニースでもモンテカルロでもあったやないですか」


「観光地ではね、ムッシューウタマーロ」


「観光地のレストランには地元の人は行きませんわな、そら」


「同じでしょ、ムッシュー田中も」


「そしたら、君らもヌーベル・キュイジーヌは食べへん言うんか、ミッシェル」


「友達とは時々。でも、後でチーズとワインは飲み直します」


「田中君、私も日本で洋食を食べた後は、家に帰ってからお茶漬けを食べるんだが、それみたいなもんじゃないかな。それでやっと満足できるというか」


「ムッシューウタマーロ、私もシャレた料理の後はたっぷりチーズとデザートを食べてごまかすわよ」


マリアンヌがそう言うと、カトリーヌが最後につけ加えた。


「日本かぶれのアメリカ人観光客のために考えられた料理なのよ、ヌーベル・キュイジーヌって」

12-3

「ヴァン・ジョーヌを一本持ってきてくれないか」

ロートシルトがソムリエにそう言うと、すかさず安川部長がそれに応えた。


「ヴァン・ジョーヌ、読んで字のごとく、黄色いワイン。世界最大の自転車レース、ツール・ド・フランスの勝者が着るジャージはマイヨー・ジョーヌですが、これは主催者の新聞、ル・キップ紙の新聞紙の色が黄色であるところから来ているんですね。確か、ジュラ地方のワインだったと思いますが」


「本当にヤッサンは生き字引ですね。あっ、こう呼んでも構いませんか?」


「勿論ですとも、ムッシューロートシルト」


「OK、じゃヤッサンと呼ばせてください。その代わり、私のことはただムッシューと呼んで頂いて結構です」


「ブドウはサヴァニャン種で、六年の樽熟成の後瓶詰めするために深い独特の風合いと味わいがあります」


「私、知らないわ、そんなワイン。黄色いワインなんて日本人が造ったのかしら?」


「ハハハ、違うよマリアンヌ。ジュラ地方は白亜質の土壌で、独特の風味を持ったブドウができるんだよ。それに、樽熟成の期間が普通のワインに比べて二倍から三倍というところが面白い味になる秘密なんだ」


「ジュラって映画のジュラシック・パークのジュラなのね」


「そうそう、カトリーヌそのとおりだよ」


ソムリエがボトルを三本持って戻ってきた。


「ほほう、気を利かせて全部持ってきたようだ。アルボアのルージュ、ロゼ、そしてジョーヌです。合わせてみましょう。まず、ジョーヌから」


グラスに注がれたそのワインは、ちょうど冷ました緑茶が入っているように見えた。


「まあ、おしっこみたいな色なのね」


「そやけどこれ、ミッシェル、シェリーみたいな味わいやで」


「どうです。しっかりしたボディがあるでしょ。それにアルコール度数もちょっと高いはずです。私が今、一番興味を持っているワインなんです」


「これは、ブルゴーニュの黄金色の上品な白とは全く違いますわ。そやけど、力はあります」


「そうなんです、ウタマーロ。洗練はされていません。でも、鍛える余地があると思います」


「ムッシュー、貴方はボルドーでもブルゴーニュでもなく、ここローヌにシャトーを持たれた。その理由の一つがこのヴァン・ジョーヌにあるとおっしゃるんですか?」


「ウィ、ヤッサン。そうです」


「やっさん、その訳、もう知ってはるんでしょ」


「うん、多分、コート・ド・ローヌに足りないものを補うことになるんだと思うんだ。ローヌ地方のワインはコクのある飲み口が特徴だ。だから、ヌーベル・キュイジーヌには合わない訳だが・・・」


「コクのあるワインに足りないものですわな」

12-4

「そろそろ私のシャトーに戻りましょう」

「えっ、今から見学するんですか?」


「ノン、もう今夜は遅いので今日は旅の疲れをゆっくり取って、明日の朝から始めましょう。ミッシェルもウタマーロを楽しみにしているようですし」


そう言われてミッシェルは顔を真っ赤にして下を向いた。


ロートシルトたち四人は執事の運転する車でシャトーに向かったが、田中とミッシェルは残り、旧市街にあるローマ劇場に向かって歩いて行った。


「強者どもが夢の跡いうやっちゃな」


「ローマ人は、フランス中にこんな劇場を残してます。二千年も前のものです。ワインと享楽を連れて攻め込んできたんです。今でもイタリア人は人生を楽しむことにかけては世界一ですけどね」


「戦争しながらでも楽しむことはやめへんかったんやな。大したもんやな、ローマ人いう連中は。僕ら日本人とはスケールも考え方も違うわ」


「ムッシュー田中、何か考えがおありなのですね、一緒にお帰りにならなかったのには」


「いや、そうやないんやけど、いつも六人で一緒に行動してると、フッと一人になりとうなるんや」


「詩人なんですね」


「とんでもないわ。ただ、時々頭ん中整理しときとうなるだけなんや」


「日本人って、ミステリアスです。二人でいるときには相手のことだけしか考えてはいけないと私たちは教えられますけど、別のことを考えながらでも目の前のこともできるんですね」


「ミッシェルはナイーブなんやなぁ」


「すみません。私、三人の中では一番子供なんですね。カトリーヌは大人だし、マリアンヌは積極的ですけど、私は面白くないでしょ」


「何を言うてるんや。ほめたつもりやったんやけどなぁ。寒うなったし、戻ろうか」


部屋に入ると暖炉に火が入れてあり、暖かくなっていた。執事が気をきかせてくれたのだろう。


バスタブにお湯を張る間、二人で体の芯を温めるためにカルヴァドスを飲んだ。


甘く強い刺激が喉から下りていくと、消えかかっていた火が急に燃え上がるように、体中の細胞がよみがえってくるのを田中は感じた。


ミッシェルの錠を外し、広いバスルームの猫脚の白いバスタブに二人でつかりながら、


「ミッシェル、僕、頼みがあるんやけど。君らは僕らのことを研究してるんやろ」


「ウィ、そのとおりです。このツアーは、生きた日本語の勉強をするのが目的です」


「僕らはフランス娘の研究はできるんやけど、フランスの男の研究はでけへん訳や。今日はロートシルトのおっさんとしたことをしてくれへんかなぁ」


ミッシェルはそれを聞くと小さく「ウィ」と応えバスタブの中で立ち上がった。


12-5

その小さな温かい流れは、イチゴアイスクリームのねじれた先端がくっついたような部分から少し下に下がったところから田中の顔に向かっていた。顔に掛かった飛沫を両手に受けてみると、明るくないバスルームの照明の下で薄い黄色に見えた。

「これ、飲まなあかんのかいな」


「ノン、構いません。私たちは初めてですから。次はムッシュー田中、立ち上がってください」


田中がミッシェルと入れ代わりに立ち上がると、ミッシェルが瞳を大きく見開いた。


「オオ、これですね。マリアンヌが言ったのは」


「ミッシェル、僕、でけへんわ。それに、この角度やったら外に飛んでしまうがな」


「0K、じゃ私も立ちます。上手く狙って下さい」


ミッシェルが田中の物を両手で握り、自分の顔の方に向けて目を閉じた。白い細くて長い指に絡みつかれた田中の物は、痙攣しながら発射すべき液体の選択に時間を費やしていた。


「ノン!ムッシュー田中、違います!」


ミッシェルはそう言うと田中の物を口に含み、アイスキャンディーを強くしゃぶるように舌を絡ませてきた。


ミッシェルが田中の根元をしごくようにし始めた頃になってやっと、温かい一本のシャワーがミッシェルの顔にかかり始めた。


「日本人はフランス人と順序が逆ですね」


「すまんなぁ、そういうつもりやないんやけど」


「ムッシュー田中、ゲームなんですから、真面目にやらないと面白くありませんね」


「すまんなぁ、僕のせいやないんやけどなぁ」


「じゃ、私のせいですか?他人のせいにするのは良くありませんね、ムッシュー田中。オオ、でも許します。もう次の準備できてますから。ここが、ムッシューロートシルトとは違いますね」


ベッドの四隅にストッキングで両手両足をくくりつけられ、田中は仰向けに寝ていた。


ミッシェルはカルヴァドスを田中の物の先端に塗り付けては舐め、指に付けては肛門に差し入れる。その度に熱く燃え上がるような強烈な刺激が後ろの内側と先端とを襲い、田中は両手両足に巻きついたストッキングを引きちぎらんばかりに身悶えした。


「もう我慢できませんか?ムッシューウタマーロ。もう駄目っていうときには合図してくださいね」


田中が身悶えしながら頭を振って否定すると、またミッシェルが執拗に前と後ろを責めてくる。


田中は、果てると今度はミッシェルと立場を入れ代わって責めた。そして最後に、犬が自分の存在を意思表示するために行うように、お互いの顔にそれぞれの液体を注ぎかけた。


下半身がベッドのシーツに溶け込んでいくのではないかと思える程の虚脱感と充足感に包まれながら田中はミッシェルの耳元で言った。


「あの、黄色いワイン、ヴァン・ジョーヌやけど、やっぱあれ、フランス製に間違いないと思うで」


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