第十一話 コート・ド・プロバンス

 




11-1

真冬のコート・ダジュールは、イタリアからの強風にあおられて紺碧の海に白い波頭を作り、海岸を散歩するまばらな観光客もコートの襟を立てて足早に歩き去っていく。

レストラン脇の、小石でできたビーチの上にはパラソルと椅子が積み上げられ、夏のヴァカンスの喧騒をわずかに思い起こさせる。


「冬のニースも味わいがあっていいものでしょう」


寒風の中、平然とした面持ちでロートシルトが田中と安川に問いかける。安川は小さく「ウィ」と答え、田中は「冬のリヴィエラ」を口ずさんでいた。一緒に歩いている三人の娘たちは、寒さに鼻の頭を真っ赤にして震えている。


パリでの三日間は、昼は観光、夜はレストランとナイトクラブの毎日だった。そして、ホテルに戻ってからはそれぞれの相手とのプライベートなパーティが待っていた。


「明日はニースです。気分を変えるために鍵も換えましょう」


パリを発つ前夜、ナイトクラブのテーブルでロートシルトが言った。田中と安川はその提案に顔を見合わせたが、娘たちは声を揃えて「ウィ」と言って田中と安川の方を見た。


田中の相手をしていたマリアンヌは、安川を指名し安川の相手をしていたミッシェルは、田中を指名した。


「ノン、それはフェアじゃないわ、私は一緒じゃない!」


ロートシルトの相手をしていたカトリーヌが不満そうに口を尖らせた。


「OK、じゃフェアにするために、右回りで行くことにしよう。マリアンヌはムッシュー安川、ミッシェルは私、そしてカトリーヌはムッシュー田中だ。いいね」


ロートシルトのこの提案に三人の娘は大きく頷いて、「ウィッ」と返事すると新しい相手の横に座りなおした。


田中と安川はこのやり取りをあっけに取られて見ていたが、ロートシルトがテーブルの上に自分の持っていた鍵を置いたのにつられて鍵を出し、それぞれの相手のものと交換したのだった。


「郷に入っては、郷にしたがえ。これ、ローマ人の最大の知恵です」


「日本語の勉強の近道、日本人の友達つくることですね」


「ウタマーロには私以前から興味ありました。でも本当だとは思いませんでした」


最後にマリアンヌがそう言ったとき、ミッシェルとカトリーヌの目がキラリと光り、田中の方を向いて舌なめずりをせんばかりの面持ちで足元から顔までを目で舐め上げた。


「あけすけやなぁ、この娘らほんまに」


「田中君、単なる習慣だよ。このムッシューロートシルトは、温泉に私と一緒に入れなかったんだからな。他人に裸を見られるのが恥ずかしいと言って」


11-2

「寒いからレストランに入りましょう」

ロートシルトの一声で全員が目の前のレストランに駆け込んだ。


「予約もしてませんから、何が出てくるか分かりませんよ」


レストランに入るなり、魚介類を煮込む匂いが鼻を突き、その匂いが寒さで凍えてしまった胃袋を刺激する。


オードブルに、アンチョビ・トマト・オリーブ・セロリにオリーブオイルを掛けたニース名物のサラダ・ド・ニーソワーズを頼み、アントレに帆立てをニンニクソースで和えたコキーユ・サンジャックのプロヴァンス風を、海老・ムール貝・ヒラメ・オマールなどを煮込んだブイヤベースをメインにした。ワインは勿論、コート・ド・プロヴァンスだ。


荒れた海を眺めながらのランチは、いかにも遠くへ来たものだという印象とともに、日本海を眺めながら鍋をつついているような気分にもなってくる。


「パリとはうんと違いますけど、これがフランスの典型的な田舎の味の一つです」


「荒っぽい味ですけど、僕の舌には馴染みます。こんな料理なら、日本の吟醸酒でも合うかもしれませんね」


「そうですか?じゃ、合わせてみましょう」


ロートシルトはそう言うと執事に運ばせた数本のボトルをテーブルに並べた。


「パリの日本食レストランで分けて貰ったんです」


テーブルに並んだ日本酒の瓶を見ながら、娘たちは何が始まるのかといった面持ちでロートシルトを見つめている。


「先ず、味を確かめてください。日本のものと同じですか?」


田中がそれぞれの酒を少しずつグラスに注いだものを味見していく。味は全く変わらない。


「同じです。日本のデパートに置いてある日本酒に比べたら、ちゃんと温度管理できてると思います」


「ムッシュー田中、ここに並んでいるのは純米酒だけです。その理由がお分かりですか?」


その質問には安川部長が答えた。


「フランス政府は水と米以外のものでできた酒は酒と認めていないからです」


「そのとおり、日本の日本酒はフランスでは酒ではありません。純米酒などという言い方も笑わせますね。純葡萄酒なんて言い方はありませんからね」


「それであのレストランには純米の吟醸酒と大吟醸酒しかなかったんですか」


「シェリーやポートやマディラのように、ブランディーをワインに入れることはあっても、アルコールを添加したりはしません。そんな物は偽物です」


「日本酒で酒と呼べるんは純米酒だけなんやな」


「飲みましょうよ、どんな味がするの?」


田中の隣に座ったカトリーヌが田中の袖を引っ張ってねだるように言った。


「そうです。料理も女性も味わってみないと分かりません。勿論、サケも同じです」


11-3

ブイヤベースがやって来た。テーブルの真ん中に置かれた六人前の大鍋に盛られたそれは壮観という一語に尽きた。
娘たちの嬌声の中、それぞれのスープ皿は取り分けられたオマールやムール貝やラングスティン海老やで一杯になった。

「さて、このブイヤベースに合うサケとなると何でしょうね。やってみましょう」

六人はテーブルに並んだグラスを代わる代わる飲んではスープをすする。

「ボディがなさすぎるんやなぁ、どの酒も。魚ばっかりで造ったはずやのに、強烈なコクがある。アク取りもしてないんやろな」

そんな田中の言葉を聞き流し、ロートシルトは赤ワインと白ワインを一本ずつオーダーし、二本のボトルを持ち上げると新しいグラスに同時に注いだ。

「即席のロゼです。これでやってみてください」

乱暴なロゼは、見事にブイヤベースに合った。

「このスープの中には、赤ワインと白ワインの両方が入っています。魚介類の磯臭さを引き出すために白が、生臭さを消すために赤が使われています」

「日本酒を料理に使うてたら、いけんこともないんやろうけど」

「ムッシュー田中、それもありますけど、この料理には無理でしょうね。何しろ、マルセイユの漁師たちの食べる料理ですから」

「力が足りんのやな、日本酒じゃ」

「ムッシュー田中、これと同じことを日本のレストランでもやっています。フレンチ懐石とかヌーベル・ジャポネの料理は、基本的にサケに合う料理だと思います」

「ワインには合わんと言うんですか」

「合いません。合わなくしてしまっているともいえます。ワインと料理はハーモニーです」

「そのバランスが大事やということですね」

「ムッシュー田中、そのとおりです。重い料理には重いワイン、軽い料理には軽いワインというのは鉄則です」

「どうやらニースまで来た甲斐があったようだな。ブイヤベースと日本酒の逆を考えれば、懐石に合うワインのヒントがつかめそうじゃないか」

「懐石に合うワイン、見つかるかもしれませんね」

「相性ですよ、男と女と同じですよ」

娘三人は男たちの会話など気にとめる様子もなく黙々と食べては飲み、飲んでは食べていたが、ロートシルトのその言葉には反応した。

「こんな美味しいものを目の前にしたら、食べるしかないわ。昼はフランス料理、夜は日本料理よ」

ボブヘアーのマリアンヌが応える。

「おいおい、それはまだ早すぎる。今夜はカーニバルのパレードの日なんだ。ディナーを食べてから見物に出掛けることにしましょう」

「ああ、そうでした。確かニースと大阪は姉妹都市のはずですから、山車が出ているかもしれません」

「ほう、それは楽しみですねムッシュー安川」
 

11-4

ネグレスコホテルのレストランで夕食をとり、六人は連れ立ってカーニバルに繰り出した。ニース市内を練り歩くそのパレードは、きらびやかにライトアップされてシーズンオフのリゾート地に幻想的な光景を演出していた。
ガラスの馬車に乗ったシンデレラは、夜中をすぎてもカボチャに変わることなく輝いたまま目の前を遠ざかっていった。ミッキーマウスも練り歩いていたが、ニースで見るとなぜか異邦人のようで、それは、回りの風景と歴史のある建物とにマッチしていないせいだと気づいた。田中は、安川部長の言った大阪の山車を探したが見つけることが出来なかった。

カトリーヌは田中と腕を組みながら、カーニバルの歴史について教えてくれた。だが、田中はそれには上の空で、「麻子にも見せてやりたいな」と思っている自分に気がついて、ポツンと呟いた。

「ホームシックかいな、僕らしゅうもない」

「パルドン?」

「君ら、元気やなぁ、ほんまに」

「勿論。こんな課外学習のチャンスはめったにありませんもの。ムッシューロートシルトには感謝しています」

「何や、僕は研究対象なんかいな」

「まぁ、そんなことはありませんわ。ムッシュー田中もフランス娘を十分研究してください。お互いさまでしょ、それは」

「そういうことやな。そやけど、なんかこの、情みたいなもんが足りんなぁ」

「ジョーですか?」

「そうや、こう、何ちゅうか、惚れとる感じいうんかなぁ、そんなんがないとあかんのやなぁ」

「おお、日本の男、難しいですね。楽しむことが出来ないんですか?今を」

「その、楽しむのはええんやけど、心もいるんやないかなぁ」

「おお、それは変です。体で確かめあってからでないと、心なんて言うの変です」

「心が先なんと違うかなぁ」

「それは間違いです。体がピッタリ合えば、心は後からついてくるものです。プラトンだってそう言っています」

「えっ、プラトンはプラトニックラブは心が大事や言うたと思うてたけど」

「そうです。体だけでなく心も大事だと言いましたけど、心が大事だとは言ってません」

「ああ、さよか。安川部長・・・、あれっ」

カトリーヌと立ち止まって話している間に、他の四人とはぐれてしまったようだった。

「ムッシュー田中、貴方の言う、そのジョーを教えてください」

「いや、無理と違うかな、君ら、確かに可愛いんやけど、マリアンヌなんかお菓子みたいな、ケーキみたいな感じがして、ほんまに素敵なんやけど、情はないわな」

「OK、戻ってやりましょう、ジョーの研究を」

11-5

錠はカチリと音を立てて外れた。カトリーヌはそれを二、三度腰を振って足元に落とすと、
「シャワー、しますか?しない方が好きですか?」

「それや、それが情がない言うんや」

「おお、分かりました。やり直します。もう一度始めからやりましょう」

そう言ってカトリーヌは足元の金属を拾い上げると、両脚を大きく開いて固定しながら腰に巻きつけてまた鍵を掛けた。

「僕、シャワー浴びるわ」

田中はカトリーヌに構わず、一人シャワールームの方に向かった。その背中に向かって、カトリーヌの、「ちょっと待ってください、ムッシュー田中」という声が追いかけてきた。

不安定な水圧のせいで一定しないお湯の温度調節に苦労しながらシャワーを浴びていると、シャワーカーテン越しにカトリーヌが入ってくるのが見えたが、田中は無視してシャワーを浴び続けた。

カトリーヌは何度か躊躇するように田中の方を窺っていたが、意を決したように便器に跨がると、シャワールームから顔を背けるようにして用を足し始めた。シャワーカーテン越しに見えるその姿と便器に金属が触れる音と放尿の音とが田中の物に命を与え、シャワーの中に立ち上がってきらめいた。

田中がシャワーカーテンを開け、カトリーヌを見ると、カトリーヌは咄嗟に顔を背けて下を向いた。

「見ないでください。どうしても我慢ができなくって、ごめんなさい。恥ずかしいわ」

田中はシャワールームを出るとカトリーヌの手を取って立ち上がるように促した。

「まだ、ビデ、使ってません」

「シャワー一緒にしたらええやないか」

シャワーを浴びながら固定された鉄片の隙間に指を入れた。そこには、日本人の田中の指が入るには十分な隙間が開いていた。田中の物が反応する。

「ワァオ、これですね。ウタマーロ。なんて固さでしょう。これがもっと大きくなるんですね、あの絵みたいに」

「いや、あれはサンボリズムいう奴や」

「角度がすごいですねぇ。フランス人の場合はこんな角度になりません。全身の血液が集まっているって感じですねぇ」

「ちょっと黙ったらどうや」

田中は仕方なくカトリーヌの口を自分の口でおおった。喋るのは静かになったが、今度は忙しく舌が田中の口の中を動き回る。もう一度指を入れてみるとやっと女らしい反応を示していた。

一度目は騎乗位で始まり正常位で終わり、二度目は正常位で始まり後背位で終わった。三度目が終わった後、カトリーヌは熱心に田中の物を握ったり舐めたり指で長さと太さを確認したりしながら、自分の尻は田中の方に向かって突き出して来た。

ピンクのバラの花びらのように折り重なって膨らんだ部分を味わいながら、「やっぱ、これにはコート・ド・プロヴァンスのロゼや」と田中は思った。


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