「ワインパブ夢屋」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 10月 03, 2020 大阪、谷町筋四天王寺前夕陽丘の学園坂にあった「ワインパブ 夢屋」の看板。学園坂は道の両脇がお寺だらけのため、夜は真っ暗な道となる。その中にぽつんと灯る看板は実に怪しげだったと思う。近くには病院が多かったことから、ナースとドクターの2ショットが多く、スッチー、IT業界、ソムリエなどが集まってきた。もちろん、ワイン坊主も。BACK リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ コメント
第一話 ボージョレ・ヌーボー 10月 04, 2020 1-1 御堂筋の銀杏もすっかり黄色に色づき、すでに街のいたるところに冬支度の気配が感じられるようになった。 景気の方は一向に回復する兆しを見せないままもう五年目に入り、田中の業界でもその影響を受けないわけにはいかなかった。 それにもかかわらず、なぜか一人田中だけがそんな世相など何処吹く風とばかり元気そのもので、上司をはじめとして同僚までもが田中の元気の秘密を量りかねていた。 おまけに田中の営業成績は社内でも群を抜いていることが、同僚の間でやっかみの元にもなっているほどで、決して一生懸命にやっているとは思えないその勤務態度が、ますます他の社員たちの猜疑心をあおることにつながった。 しかし、男子社員達に対する不人気とは裏腹に、女子社員に対する人気は抜群で、そのチャランポランに見える勤務態度ですら、人間的であるとか、ユトリがあるとか、男らしいとかの評価があり、営業成績の優秀さと相まって、同僚たちのやっかみを募らせるのだった。 夕方五時のチャイムが鳴ると、田中はいつものように机の回りを片付け、分厚い黒いトランクを持つと、「オイ、オイ、役所と違うぞ!」と言う上司の声を背中に聞き流し、さっさと会社を後にした。 「田中です」 ブザーを押して田中が入っていったのは阿波座にある高級マンションの一室だった。 「田中さん、待ってたんやから」 「すんません、おそうなってしもて」 田中が言い訳する時間も惜しいとばかり女がからみついてきて、綺麗な形をした唇で田中の口をふさごうとして、 「あっ痛い」 「あっ、すんません、もうヒゲがのびてしもうて」 「いいんよ、それが好きなんやから。シャワー、それともお風呂?」 「もう、ママは入らはったんですか?」 「アホなこと言わんといてヨ。待ってたんやから。あんたと入ろ思て」 女はシルクのロングスリップを着けているだけで乳首と脚の間とがかすかに透けて見えている。田中は、丸っこい指先で乳首をつまみ、 「ママのこれ、はよ、食べたいなぁ」 「アホ、後で」 と、田中の手の甲をつねり上げる。 「あいたたた、痛いがな」 「はよ、シャワーしょ」 「そうしましょ」 田中は女の腰に手を当てると、勝手知ったる足取りで廊下を奥に進み、寝室のドアを開け、窓際のカウチの上に洋服を脱ぎ始めた。 「あたしが脱がしたげる」 と言うと、女は苛立ったような仕種でズボンのベルトに手をか... 続きを読む
第二話 ドン・ペリニヨン 10月 04, 2020 2-1 道頓堀川を東に辿り、北へと向きを変えると川の名前も横堀川と変わる。その横堀川が大川へとつながる少し手前にコクサイホテルがあるが、そこからそう遠くない場所にバー「ワンナイト」という店がある。そして、その店の奥にはもう一つ、ドアで仕切られた部屋があり、クラブ「千夜」と呼ばれている。 「ワンナイト」とは、一夜という意味だから、両方合わせて千夜一夜という意味になるのだが、現在すでに三代目になるというこの店は、最初のオーナーがつけた名前のまま営業しているのだということだ。 初代のオーナーはすでに亡くなったとかで、どんな意図でそんな名前をつけたのか、正確に言える客は少なくなってしまった。聞くところによると、代々息子がマスターを務め、初代は童話作家としても名の通った人だったというのだが、そうなると、ますますこの店名は似つかわしくない。 ある古くからの客によると、アラビアンナイトのように、夢のある店だったというのだが、それが、どんな夢のある店だったのかは知る術もない。ただ、昔は、美しい女たちの溜まり場になっておりその若い女たちを巡って、客たちが争うことがよくあったということだった。 それは今も昔も同じことで、バー「ワンナイト」では時々目も覚めるような美人がグラスを傾けているのを目撃することがある。 客たちといえば、身なりの卑しからぬ割りには目に陰惨さをただよわせていたり、荒涼とした砂漠を背中に背負っていたりするかと思えば、ラフだが仕立てのいい洋服に身を包み、飄々とした風情でショットのスコッチをあおっていたりするのだ。しかもどの客も何やら一家言ありそうで、互いに張りめぐらせた緊張感という糸がレーザー光線のように飛び交っているのが見えるかのようだ。 そのせいかどうか、マスターも無口で、客の注文の酒を作る以外はグラスを磨いているか、使い込まれて黒光りのするテーブルを拭いているかで、自分から客たちに話しかけるようなことは決してなかった。 客の一人が話し始めるとそれを合図に、会話がペアとなり、やがて交錯し始める。そして、それら常連の中からマスターの眼鏡にかなった客だけが、マスターから奥のクラブ「千夜」のドアを示されるのだった。 田中が入っていくと、マスターはすぐに奥のドアを目で示した。それに応えて田中がバーを素通りして奥に向かって歩き始めると、カウンターの客たちから鋭い視... 続きを読む
第三話 キール・ロワイヤル 10月 04, 2020 3-1 朝晩の寒さがそろそろ本格化しはじめ、郊外では霜柱を踏んでの出勤が増える頃になった。 それでも、かじかんでしまった体も心も、満員電車から会社に向かう頃にはほぐれ、昼食時にもなれば、ルーティーン・ワークのもたらす治癒力のお陰で自分を取り戻すことができる。 ところが、月曜日の早朝ミーティングとなると話は別である。 このところの不景気で、田中の会社でも営業部の 全体ミーティングが毎週のように行われていた。まずは販売成績の発表があり、次に販売目標、そして、そのための施策と続くのだが、いつの週も最 後に唱和する「頑張るぞ!」の声に象徴されるように、何の具体的実行目標も示されないまま、第二次大戦の頃の竹槍攻撃さながらの無策が繰り返されるばかりだった。 昼までの予定の会議ですら、白熱することのない まま、二時間もたたない内に終わってしまった。会議室からぞろぞろと溢れでてきた営業マンたちは書類を机の上に放り出すと早飯へと繰り出してい く。 田中が自分の机に腰を下ろすと同時に、電話が鳴った。 「田中さん、どないしてんのん、今日は」 阿波座のママの声だ。 「いやぁ、もう、朝から会議で大変ですわ」 「ああそう、サラリーマンらしいこと、ちょっとはしてるんやねぇ」 「そらそうですわ。僕かて、会議くらいは出ますがな」 「あんた、キタのベルサイユ行ったんやて?」 「えーっ、ママ、あの店、知ってはるんですか。か なわんなぁ」 「そらそうや、うちは、業界のゴッドマザーや言われてるんやから」 「はははは、参りました。でも、あの店にはほんまにさすがの一郎君もびっくりでしたわ」 「そうやろな。でも、あのママ、あんたのこと気に入ったみたいやで。そらそうと、今日は外回り違うの」 「すんません、今日は、一日中会議なんですわ」 「ほんまかいな。あ、そうや、あの店で一緒になった女送って行ったんやて?」 「ええ、あんまり酔うてたもんやから、タクシーに乗せたげたんですわ」 「それだけとは思えんけどなぁ、あんたは」 さすがに鋭い、と田中は思った。 あの後、その夜の発表者である生物学の教授を囲んでの懇談の最中、「千夜」のマダムから小さな紙切れを受け取った。そのメモには、キタのショーパブの店名と時間が書いてあった。 ニューハーフのショーパブには何度か行ったことのある田中だったが、その店の名前は初めて聞く名前... 続きを読む
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